ちょびヒゲ対マッチョ
- 作者: 白土三平
- 出版社/メーカー: 小学館
- メディア: コミック
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え〜前回の続きで「忍者武芸帳」の魅力について。
まずこのお話の大まかな内容を述べておきますと。
俗悪ブルータル・ちょびヒゲカマ大名vsモミアゲマッチョ忍者
の車折(「くるまざき」と読んでくだされ)デスマッチ
ということになります。
主人公影丸(正義の忍者)は戦国時代の荒れ果てた日本の貧困にあえぐ農民たちを救い万人が平等に暮らせる理想の社会の創設を目指して権力(武士階級)と戦います。
で、そこに立ち塞がるのが神をも恐れぬ俗悪ブルータル(史実)ちょびヒゲカマ大名の織田信長というわけです。
この織田信長、肖像画でも克明に描かれているとおり、ちょびヒゲを蓄え京都の公家にあこがれて眉毛を剃ったりと、やたらフェミニンなオシャレを好む男でござった。しかも、様式に関して言えば「登り龍下り龍」とか田舎のヤンキーと大差ない美的センスを遺憾無く発揮して世界中に日本人の審美眼を疑わせるような建造物をたくさん残したりしてくれた問題だらけのカマ野郎(なよっちいのよ、この人)でござる。
こんなヤツが京都に攻め入ろうというんだから京都の人達はたまったもんではなかったでしょう。実際今で言えばやっすいトライバルタトゥー入れて真鍮のクロームハーツのパチモンをジャラジャラ言わせて国道沿いのボーリング場に居座ってるダサ坊共がオシャレな若者でごった返す繁華街に殴りこみにいくようなモンですから。(だから信長って人気あるのかね)
で、そんなダサくて粗暴でおまけになよっちいという、どうしょうもない悪役を向こうにまわす我らが影丸兄さんはというと、風にロン毛をなびかせて逞しい胸板とモミアゲから男のフェロモンを漂わせるそれはそれはマッチョなお兄さんなんですよ。
マッチョ兄さんとちょびヒゲ(しかも現代女性には非常に評判の悪い月代(サカヤキ)がばっちり入ってる)カマ大名じゃ誰だってマッチョ兄さんを応援したくなるというもんだぁね。白土三平のここらへんの人気取り戦略は非常に巧みといえましょう。
で、このお話、前回書いたとおり、飢餓になったといえば食人が横行し、ネズミの大群がありとあらゆるものを食い荒らす。圧政に耐えられずに一揆となれば侍達は女子供老人はもとより妊婦さんから赤ん坊まで大根や人参を切るようにバッサバッサと容赦なく斬り殺す。手が飛び足が飛び首が飛ぶ、中盤付近はまさに地獄絵図なんですな。
農民一揆を率いてそれに対抗する影丸兄さんではありますが、歴史が示すとおり結局は戦国時代の農民運動は信長によってあらかた殲滅させられます。
そして、影丸は捕らえられ車折の刑に処せられます・・・・(このシーンも伏せることなくしっかり描写されている)
それでも自由と平等を欲する人々の心の中に影丸は行き続け、影丸を倒した信長は京都市役所の前でイチゴのパンツを被って討ち死に(1582年本能寺の変)し、裏切った明智光秀(実質的に影丸を倒した男)も影丸の仲間によって討ち取られてしまいます。
しかしだ・・・
いくらなんでも車折の刑に処せられるところを見ちゃったら僕だって「どうかこらえてつかぁさい信長さぁん・・」と泣きながら信長のアナル舐めちゃいますよ、だって痛いの嫌なんだもん。
という風に恐ろしい権力の前には多くの人は命乞いの選択肢を選ぶであろう(僕だけか?)こととは思いますし、史実の上では影丸のように理想を掲げて世直しのために戦う人間なんて出てこなかったし(チェ・ゲバラが20世紀になって出てくるけど)この物語は歴史の一幕をリアルに描いたものではなく単なる夢物語と片付けるのが普通なのかもしれませんが、
それでもなお、権力と戦うヒーロー「影丸」というキャラクターが創造され、その紙の上での活躍を見て感動する読者がいる、というのもリアルなことなわけで、戦国時代の多くの庶民の中にちょびヒゲカマ大名が天下を採る物語よりも理想に生きるマッチョ兄さんが活躍する物語を望む「気持ち」があって何らかの形で受け継がれ、「忍者武芸帳」という形で具現化されたと考えると、これはこれで歴史の一幕なのかも知れません。