大いなる幻想


昔々、大学の法学部に通う学生がおりました。その学生はたいそう頭がよかったので卒業と同時くらいに司法試験に受かるであろうと言われておりました。彼は学費を稼ぐためにバイトをしておりました。ある日、バイト先で「将来は司法試験を受けて弁護士になるつもり」というような話をしていると社長が「是非会いたい」と言い出して社長室に呼ばれて行ってみました。するとそのバイト先の社長はこの学生の学費を「卒業まで全額面倒見させてほしい」と言いました。喜んだ学生は社長の期待にこたえるために最低限の時間だけバイトにあててあとは司法試験の勉強に専念することができました。そしてめでたく卒業と同時に司法試験に合格し、めでたく弁護士になったことをこの社長に告げると社長は「私の家で祝宴を開こう」と言ってくれました。そして社長の家にあがるとどういうわけか「天照大神」と書かれた掛け軸のあるお部屋に通されて、社員一同が厳粛な雰囲気で正座している真ん中で盃をすすめられました。

そう

この学生は図らずもそのスジに足を踏み入れちゃって、「末は国際弁護士か法務大臣か」と親から期待をかけられていたバラ色の未来から一転「末はTVタレントか大阪府知事か」という泥臭いけもの道を歩くはめになったのです。


と、こういうお話は日本全国どこでもあるわけでして(別に法学部、弁護士でなくても会計士とかでも可)上のような感じの人生を歩む人間というのもこれまた星の数ほどいらっしゃるんですわ。


これが、70年代、アフリカ南部のウガンダ共和国、というシチュエーションで展開するのが「ラスト・キング・オブ・スコットランド」なんですな。



この映画はスコットランド医学生が田舎の開業医(だったと思う)の実家の稼業を継ぐのを嫌い、ボランティアという形で海外に脱出を試みた先のウガンダでアミン大統領と知り合い、超女たらし という本性(地球儀を回して適当に行き先をウガンダに決めた、という設定ですがこれはダウト。ウガンダは美人が多いことで有名なところなので女目当てで主人公がウガンダを目指したのは容易に想像がつく)を「かわいいふりして君もわりとやるもんだね」っと見抜かれて気に入られ側近になり、アミンと仲良くなっていくうちにこのオッサンが実は単なる田舎社長レベルの器のオッサン(でも口は超達者)であることがわかり幻滅、終いにはアミンの第3夫人をつまみ食いしてアミンにバレて(その時悲観にくれてアミンが歌い出すシーンがある。やっぱり「かわいいふりしてあの子わりとやるもんだねっと♪」と歌っていたんであろうか?)怒りを買い、第3夫人は「くたばっちまえ!ア〜〜メン♪」(あっこれはシュガーか)とばかりに惨殺、主人公も拷問の末からくも国外に脱出してアミンの暴露本を出して一儲け。アミン退陣後の1983年には「人喰い大統領アミン」という映画も公開される・・・・・


というのがおおまかなストーリーなんですが、前半の見せ場である、アミンの大統領就任演説がものすごい迫力があって(70年代ということでレディング・フェスティバルあたりでザ・フーのライブでも見ているようなノリで撮影されている)民衆が彼にひき込まれていったことに対する説得力があるんですが、この時にアミンが志した、というか夢見たものと民衆がアミンに求めたものはおそらく同一のものであり、それは果たして、すぐに単なる幻想であることがわかりアミンとウガンダ国民双方が幻滅し、失策と飢饉と虐殺だけが横行してしまうんですが・・・


この映画で描かれるのは「昨晩あんなに激しく愛し合った美女ではあるが寝覚めにキスしたらその息は屠殺場の匂いがした」みたいな幻滅した時の物理的状況だけでして、「果たして、あの時アミンも含めウガンダ国民を熱狂させた、あの幻想の正体とは一体なんだったのか?」みたいなことに関しては一切触れられてないんですな。熱狂した当の本人が原作書いてるのに。


ここらへんは扱いが難しい部分なんですが、何しろこれを描かないとウガンダ国民が単なるバカで「田舎社長の口八丁にだまされて先祖代々持ってた山を手放しちゃいました、ちなみにこの時はじめて『登記』という言葉を知りました」みたいなこと言ってるだけに見えちゃうんで。その点だけが非常に残念なんですが、パワフルな作品なんで一見の価値ありかと思います。


そして、人間を狂気へと導く「大いなる幻想」は21世紀になってもブラックボックスのままであり、すべての人間はこの「大いなる幻想」に恋い焦がれており、小金を儲けるためにあの手この手でこの「大いなる幻想」を利用する「プチ・アミン」とも呼ぶべき田舎社長的な人間も別にウガンダでなくても数多く存在するということを覚えておきましょう。