勝田ズ・ウェイ  8


え〜、「勝田ズ・ウェイ」は「カッターズ・ウェイ」というアメリカの映画を元ネタにしておりますが、同じく「カッターズ・ウェイ」にインスパイアされたかと思われる作品がこちら大ヒット作の「ビッグ・リボウスキ」なんですよ。というわけでこちらの話でも事件が起こる場所をボウリング場にした次第です。

というわけでおそらくこのお話の一番の見どころになるであろう今回ですが、差別的・暴力的表現が多数出てきますので台詞として表現するのは極力避けました。そしてこのシチュエーションを作った意図である「この状況でそんなことが果たして言えるのかな?」という部分を強調するためにまことに不謹慎な展開もございますが意図をご理解の上ご覧になっていただきたいと思います。

例によってこのお話はフィクションであり、実在の個人・団体・事件等とは一切関係ございません。クルド人に関する記述も事実に基づいたものではございません。また、差別的・暴力的表現は全て登場人物の詭弁ですので、当方の発言としては一切責任を持ちかねますことをご了承ください。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

前回の社長の一言「勝田、あのコはな、お前に相応しくない」から悪夢の説教の第2幕が始まった。
当然、勝田くんをはじめ他の連中もきょとんとして社長の発言を聞いた。先ほどまで勝田くんに「私の言うことが聞けないお前はひどい奴だ、言うことを聞くのが嫌だと言うなら私を殺せ」ともの凄い勢いで迫っていた社長が今度はおとなしい口調で語りかけたからである。しつこいが現在の状況をもう一度説明しよう。興戸社長の息子・公一は友人たちと勝田くんの友人と彼女をリンチして1人を殺害、口封じのために勝田くんに彼女の殺害を命じているところだ。

さて、この頃になると外は日が暮れてきて先日に続き雨が降り出した。そして今日は雨に加えて風も吹き出した。資材倉庫の中にも聞こえるくらいの強い風が吹き荒れ、倉庫の中もどこかからすきま風が吹いているらしく天井から吊るしてある水銀灯を揺らし出した。

そんなわけで淡々と語る口調に切り替えた興戸社長が語り出したのは勝田くんの彼女エヴィンちゃんのことだった。これも長いので要約すると「勝田、お前は彼女の正体を知らない。このコはクルド人だ、彼らは山々を渡り歩く遊牧民族。日本にも昔そういう人たちがいた。でも今はどうなったか?ヤクザになったり温泉芸者になったりして社会のお荷物そのものだ。彼女もいずれそうなるのはわかっているんだ。正体は大淫婦なんだ」
と始まって「それに先ほどお前は彼女から結婚をせがまれていると言っていたな?日本の女性は自分から求婚などしない、なんとはしたない女だろう!しかもそのタイミングがお前が就職して立身出世のチャンスを掴もうとしてる時期じゃないか?もうこの女の正体はわかったな?お前に寄生してる寄生虫だ。早く縁を切らないとロクなことが無いぞ」といった具合でエヴィンちゃんを侮辱しだした。
ここで事実関係をおさらいしておくとエヴィンちゃんと勝田くんは10年以上の付き合いで正体もへったくれも気心知れた仲であり、求婚は勝田くんが再び不良に戻らないよう早く落ち着いて欲しいというヤンキーの早婚化現象と同じ動機であり、立身出世は現在、何事にも秀でているエヴィンちゃんの方が明らかに早く、高校時代には親がいない勝田くんに弁当を作ってあげてた事実からも勝田くんがエヴィンちゃんに寄生してる感が強いのだ。というわけで興戸社長のお話は詭弁もいいところなのだが、勝田くんが「違う違う、そんなコじゃない」と(弱々しく)言い返しても「ああいえばこういう」で切り返す。その問答の間に次第に勝田くんは社長の論理展開の土俵に入ってしまい良いようにやられてしまっている状態だ。
この話を倒れながら聞いていたエヴィンちゃんも衰弱しきっていてそれどころじゃないとはいえ、耐えがたい屈辱を感じていた。先ほどは勝田くんに励まされて安堵と歓喜から涙を流したが今度は屈辱に耐えられず泣いてしまった。そしてうわ言のように「違う違う」とつぶやいた。
そんな状態で社長の罵詈雑言はヒートアップする一方だった。「勝田よ、お前はこの女にいいように操られている、この女はお前を小馬鹿にして利用してるんだ、お前これだけ馬鹿にされて悔しくないのか?ええ?」と社長は勝田くんの前に仁王立ちになって問い立てた。どう考えても勝田くんを利用して小馬鹿にしてエヴィンちゃんを侮辱してるのは社長に見えるんだけどそういうことを感じさせないのは言葉のマジックというやつだろう。「そ、そんなことは決して・・・」と弱々しく、でもなんとか否定する勝田の態度にイラついた社長は振り向いてこちらの様子を突っ立って見てる高校ラグビー部OBの4人に問いただした。
「お前らぁ、親友(勝田くんいつの間にかこいつらの親友になってる)がこんな女に侮辱されて悔しくないのかぁ?」と大きな声で問いただすと4人は「悔しいです!!」と、昔のテレビドラマの「スクールウオーズ」よろしく大声で返事した。こういうことを面白半分でやってるのならわかるんだけど、彼らもパクられるかどうかの瀬戸際なので馬鹿丸出しながら本気と書いてマジだった。
本当に本当に弱り果てた様子の勝田くんを見て社長はそろそろトドメを刺そうと思い、もう一度勝田くんに対して柔らかく語りかけた。「勝田よ、辛いか?苦しいか?何のために苦しんでるんだ?この女のためだろう?お前がこんなに苦しんでるのにこの女ときたら自分だけ助かろうとしてるんだ。(暴行された)こんな状態をお前の目の前にさらしてまだ助かろうとしてるんだぞ?これがこの女が淫婦だという何よりの証拠じゃないか?ええ?お前のことなど何とも思っていないんだ」と言ったあとエヴィンちゃんの方を向いて「自分が淫婦で無いと言い張るんなら何故こんな目に合わされて助かりたがるんだ?」と言い放った。
さすがに衰弱著しいエヴィンちゃんにとってこの言葉はキツかった。本当に自分が生きている意味が無いような気がして死にたくなった。「うう〜〜」とうめき声を漏らして泣いた。

さて、道徳を重んじ教育問題にも積極的に取り組む興戸社長のこれまでのありがたい説教をおさらいしよう。勝田くんに彼女のエヴィンちゃんの殺害を命じ、従わなかった勝田くんに対して「(言うことを聞かない)お前は悪い奴」と非難し、今度は「こんな女は生かしておく価値が無い」と暴行されたエヴィンちゃんに本当に言ってはいけない言葉を浴びせた。

これによって勝田くんのエヴィンちゃんをなんとか助けようとする行動は間違っていて、そもそも意義自体が無いという風に論理を持っていかれた。この時点で勝田くんは今まで信じて生きてきた信念とか常識とか倫理の価値観全てをブチ壊されてしまい、現在すきま風で揺れる水銀灯のせいで明かりがグラグラと揺れているので本当に目の前の世界がグラグラと揺れてガラガラと崩れ落ちていくように見えた、そしてその後に無限の何もない空間が広がってるのを感じた。そしてその何も無い空間で自分は本当に価値が無い存在だと感じた。無限の空間の中でただただ不安に怯えているだけの存在なのだと。何も信じられない状態というはこういうものだ。


さて、ここまででやって勝田くん(と、エヴィンちゃんも)の人格を破壊した興戸社長ではあったが、最後の仕上げとしてさらに第3幕の幕を開けた。



テンポが悪いけど、今回はここらへんで勘弁してください。続きます。