勝田ズ・ウェイ  13


この映画「キャット・ピープル」でショートヘアが超キュートな主人公ナスターシャ・キンスキーの恋人役をやってたのがこの「勝田ズ・ウェイ」のテーマとなってる俳優のジョン・ハードさんでございます。

それでは全20話くらい完結を目指して逝きましょう。このお話はフィクションであり実在の個人・団体・事件等とは一切関係ございません。劇中に出てくるマクドナルドやジェイムズ・エルロイも実際のマクドナルドやジェイムズ・エルロイとは一切関係ございません(笑

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仕事に没頭したり昨日のように人と接してる時はなんとか平静を保っているかのように思えた勝田くんの精神状態だがやはり罪の意識からくる崩壊はハンパなく、一応脳内保護プログラムが発動して殺害したエヴィンちゃんとの記憶を消したら人格崩壊を招き、しょうがないから一時的に記憶を復活させると殺害した時の手の感触を思いだし気分が悪くなって嘔吐してしまう。この「嘔吐」という言葉は読む人に不快感を与えるので私fabriceの母が幼少の頃私が風邪をひいてコンコン咳をすることを「キツネさんがついた」と形容していたのを参考に今後「かえるさんになる」と表現するのでよろしくお願いします。
さて、かえるさんになるくらいならいいが絞殺の感触を忘れようとガスコンロで自分の手を炙ろうとしたりするレベルまで来ている。さすがにまいってしまった勝田くんは自分をここまで苦しめるエヴィンちゃんのことを本当にろくでもない悪女であったかのように思うようになった。ここまで追い詰められた男の最後の希望は悲しいかな「日本の明るい未来のために友情・努力・勝利」という大概アホくさい「大いなる幻想」のみとなった。

そんな勝田くんなので昨日の帰り際に公一が言った「もっとマシな恰好してこいよ」という言葉も「自分が"ラフな恰好で良い”と言ったんじゃないか」と思いつつ真摯な態度でこの要請に応える気になっていた。が、この男のセンスはちょっと特殊なので「マシな恰好」というのがどういうわけか「リゾートホテルのラウンジで有閑マダムを口説くジゴロ」みたいな恰好を連想した。
というわけでそんなコーディネイトを頭の中で思い描く。靴は公一みたいなコードバンの靴は自分には無理だ。革靴ならサイズがちょっと小さいけど親父の形見のブルックス・ブラザースがあるのでアレでよかろう、パンツは今履いてるディッキーズを洗濯のりでパリッとさせればよし、Yシャツなんかに一々金をかけられない、襟が黄ばんで使えないYシャツを染め直して柄シャツにしよう。ということは残りはジャケットか。
ということになってどこがどう「よし」なんだかわからないが大都市部の県庁所在地の神太利市内にめずらしくJRに乗ってジャケットを買いに出かけた。ビジネス街にあるスーツの仕立て屋に行くと高すぎて話にならなかったので怪しい高架下の商店街を巡ってジャケットの生地を買った。これを近所の商店街の仕立て屋に持ち込んで安く作ろうということだ。大きな本屋さんでファッション雑誌を立ち読みし「おっ、これいいな」というデザインのジャケットの写真のページを店員に見られないようにこっそり破ってポケットに入れた。(良い子は真似しない)これを参考にして仕立てさせるわけだ。
そうこうしてる内に夕方になってあたりは暗くなりかけていた。自分の家に戻るのにはJRの駅で降りたら遠い。というわけで途中で私鉄に乗り換えるんだけどこの乗り換えも徒歩15分ほど国道沿いの道を歩かなければならない。「仕立て屋のじいさん、そういや去年前立腺がおかしいとかで入院してたけどまだ店やってるのかな?それともJR側の商店街の仕立て屋にしとこうかな?」なんてなことを考えながら歩いていると雨が降ってくる。それも昔の東映映画ばりの大粒の雨が。しょうがないので駆け足で私鉄の駅まで向かってると白っぽい恰好の女がとぼとぼと傘もささずに歩いてる。「ええい、辛気くさい」と後ろから追い越した時に立ち止まった。「あれ?さっきの女、ギブスはめてなかった?」と気付いて思わず振り向いたら公一の彼女の美馬さんだった。正直気付かなかったことにして立ち去りたかったが立ち止まって振り向いたものは仕方がない。「どうしたの?こんなところで」と尋ねてみたらこういうお話だった。
美馬さんは大学のレポートを作っている最中で資料を探しに図書館を回ってた。片手が不自由なので公一が同伴してヤツの車で移動してた。公一は運転しながらタバコを吸っていた。運転席側の窓を少し開けていたがそれでも美馬さんは煙たかったので左側も開けることにした。「開けるからね」と一声かけた美馬さんだが、たばこに灰が長〜く付いてたので一旦灰を灰皿に落とそうとしていた公一は「ちょっと待て」と言ったが時既に遅し、美馬さんは窓を開けた。すると左右の窓が開いた状態になって風が車内を横切った。そして公一の持ってたタバコの灰が車中に飛び散った。「ちょっと待てと言ったじゃないか!」とキレた公一は美馬さんを怒鳴りつけて「お前なんか車から降りて反省しろ」と美馬さんを車から降ろして行ってしまった。雨も降り出してきたけどこの場で待っていれば良いのか電車で帰ればいいのか悩んでたところなんだそうだ。
それを聞いた勝田くんは呆れ果ててしまったが美馬さんは「ワタシが悪いの、しょうがないわ」と言って自分を責めるばかりだった。気の毒に思った勝田くんは自分の被ってたフェドラ帽をおもむろに美馬さんに被せ、カバーオールも羽織らして「とりあえずどっかで雨宿りして暖かいコーヒーでも飲もう」と背中を押した。この行動にびびりながら美馬さんは「どこに行くの?」と聞いたら勝田くんは「マクド」と応えたので美馬さんは首をかしげて「?」となった。

勝田くんたちのいた位置からマクドナルドがすぐそこにあったのだ。店内のテーブル席に向かい合って座る2人。勝田くんがおごったコーヒーが2つと中央にフライドポテトのMサイズが置かれている。「関西ではマクドナルドのことをマクドって言う、死んだお袋が京都から来た人だったからマクドって言ってたんだ」とさっきの言葉の説明をした。「本当は深夜とか空いてる時間に行った時が狙い目なんだ、フライドポテトを作り置きしてないから揚げたてが食える。忙しい時間帯は作り置きばっかりで味がイマイチで、店員もいかに忙しい時間帯を無駄なく作り置きして客をさばくかばかり考えてるヤツが多いからこの時間帯オススメできない。店員は自分ではお利口さんのつもりらしいけど客もバカじゃないから作り置きをやり過ぎるとよそに流れる。ここは昔からよく知ってるけどあそこのアゴのしゃくれたノッポなんかがそのやり過ぎの典型だよ」と、カウンターの店員を親指で差した。そんなマクド通の話に美馬さんは興味が無かったので勝田の足元に置かれてる袋を差して「それは?」と尋ねた。「ジャケットにする生地だよ」と答え、昨日公一に「もっとマシな恰好してこい」と言われたのでジャケットを新調するつもりだと言った。それを聞いて美馬さんはちょっとうつむいて公一について語り出した。

昨日の食事の後で公一が美馬さんを怒鳴りつけた件だが、あれの原因は女性陣が勝田くんを「かっこいい」と言ったのが気に入らなかったというのだ。「勝田はスラム育ちで品が無い、いくら不良から更生したとはいってもあんなざまじゃ世間では通用しない。だから勝田が立派な社会人になるために手助けしなきゃならない。勝田がまともな人間になるためには俺や親父のいいつけを100%聞いて貰わなければならない。そのためにはあいつに自信を与えるような言動は決してしてはならない。厳しいようだが一人前になるためにはしょうがないことだ。情けは人のためならずと言うだろう?」ということなのだが、「情けは人のためならず」はそういう意味ではない。それもアホ丸出しなので問題だが勝田くん的には「スラム育ち」とか「言いつけを聞かすために自信を無くさせる」とかの方が問題だった。「何だよソレ、俺の住んでるとこはスラムじゃないよ、スラムって雨が降ったら道端でおじさんが服脱いで体洗い出したりするところのことだろ?(←そりゃ西成)」と言い出し「言いつけを聞かないって、ちゃんとそれなりにだけど聞いてるじゃん?」と言ったが美馬さん曰く「公一の場合”言うことを聞く”とは”公一の思った通りになるように行動する”ということ」なんだそうだ。だから勝田くんが自分なりに身なりを整えようと努力してもおそらく公一は喜ばないだろうとのことだ。
勝田くんは唖然とした。これがあの親子の言う「教育」なのだ。自分たちの思う通り物事が動かないと気が済まない。そのために人を操ろうとする。そのためには人から自信やプライドを奪って従属させる。どうやら今回のリンチ殺人は井口みたいな場違いの輩が先走った結果でなくて公一のメンタリティから起こった必然の出来事だったということがこれでわかった。そうなってくると昨日の美馬さんに対する公一の態度といい今日の行動といいこの美馬さんも相当危険な状況にあることがわかる。

彼女もこのまま行けば必ず次の犠牲者になる

その事実を知っていて止められるのは勝田くんだけである。そしてそれを防ぐ手立ては「自首」しかない・・・・。できない、できるわけがない、自分の頭の中で自分を苛んでいる罪の意識をかろうじて防いでいるのは彼らに植え付けられた「大いなる幻想」だからだ。しかし、危険だとわかっていながら救わないとどうなるか?また罪の意識は大きくなってくるだろう。その時自分はそれに耐えられるだろうか?

神妙な面もちになって黙ってしまっていることに気付いた勝田くんはとりあえず話題を変えた。「図書館巡りしてたって言ってたけど美馬さんの大学の勉強って何やってるの?」「ジェイムズ・エルロイについてのレポートの資料集めよ」とさらっと返事が返ってきた。「誰?」と勝田くんが聞くと「アメリカ犯罪小説の大家って言われてる人で映画化もよくされてる人”LAコンフィデンシャル”って映画知ってる?」と聞いてきたので「ああ、あの上映開始30分で犯人がわかっちゃうやつ?」と聞き返した。「30分でわかるかどうかは知らないけど、あの映画の原作者がエルロイよ。有名で批評家の評価も高いよね。あとエルロイは”アメリカが清らかだったことは一度も無い”っていう名言を残してる」と美馬さんが言ったのを聞いて勝田くんは「何だそれ?」と眉をひそめた。「アメリカが清らかかどうかは別にして何でアメリカがそいつのために清らかでなきゃならんの?清らかだろうがド汚かろうがアメリカの勝手じゃん?何か子供が愚図ってるようなこと言う人だね」と自分なりの意見を述べると美馬さんは「そうかもしれないわね」と言って苦笑した。
このやりとりで美馬さんはちょっと不快になりはしたが勝田くんとちょっとだけ打ち解けた感じになったので身を乗り出して前から気になっていたことを勝田くんに聞いた。「ところで勝田くんの住んでるとこって一体どんな感じのとこなの?」これに応えての勝田くんの説明が以下


勝田くんの住んでるところは元々鹿児島県から移住してきた人が多い。なので地域振興のために鹿児島の(ベタな)名産品を持ち上げるよう努力した。黒毛和牛や黒豚などの高級食材はバブルの頃は売れたが21世紀になってからはさっぱり。なのでもっぱら勝田くんの家から5分の商店街ではさつま揚げ、お茶、芋金時や大学芋なんかのさつま芋のお菓子がたくさん売られている。商店街が揚げ物の匂いが染み付いてるのはこのさつま揚げが原因だ。また、九州出身なのでお酒好きが多く居酒屋の数が銭湯の数より多く、若いお姉ちゃんが上下ジャージ姿で近所の居酒屋に飲みにいって夜中に泥酔して帰宅する光景なんかはしょっちゅう見られる。勝田くん家の近所自体は家賃が格安の昔からある風呂なしで玄関で靴を脱ぐようなアパートがひしめいている。その商店街からちょっと行ったところに格安のレンタルDVD屋があり、そこではハリウッド映画の「ワイルドスピード・シリーズ」がもの凄く人気がある。前々作が最新作の時は争奪戦で店内でケンカが起きて自動ドアを壊すほどだった。また、最近出た最新作は返却ボックスに入ってるのを早朝バールでこじ開けて盗む事件まで起きた。商店街の中に若い中国人の夫婦がやってる中華屋があって旦那さんは「ロード・オブ・ザ・リング」に出てくるオークそっくりのごついブ男でいつも厨房にいて顔だけ出してる。奥さんは中国から嫁入りしてきたかわいらしい感じの人で指にティファニーのハートマークをデザインした結婚指輪をして注文をとってる。その指輪のデザインがあまりにも可愛らしいんでお客はその指輪のデザインと厨房から顔を出してる旦那の顔を見比べて皆吹き出してしまう。「あの顔であんな可愛い指輪送ったのか?」と。そこの料理はかなりイケてて炒飯は特に最高。奥さんがお嫁に来てからメニューに増えた杏仁豆腐も絶品だ。その商店街から15分東側に行ったところに以東市と麻田市を隔てる大きな川があり、その土手沿いに古ぼけた汚いお好み焼き屋がある。ここは一般客には1枚550円でお好み焼きを焼いてるが常連になると500円で食べられて、特に気に入られるとお替わりはタダになったり具を追加してくれたりする。その向う側にクルド人居住区がある・・・・・・・・・・・・。

と、ここで「ちょっと失礼」と気分が悪くなったような顔つきになって勝田くんはトイレに行った。トイレに入って思いっきりかえるさんになってゼェゼェと息を荒げた。何故かというと今話した内容はほとんどがエヴィンちゃんとの思い出に絡んでいたからだ。商店街の端っこにある小さな和菓子屋で作ってる大学芋は2人の大好物だったし中華屋もお好み焼屋もしょっちゅうではなかったが2人でよく行った店だ。「ああ、果たして俺はどうなってしまうのだろう」と目が回るような状態で考えたがそれよりも問題なのは美馬さんのことだ。彼女の身にいつ危険が降りかかるかわからない。何とかしなければ。しかも早急に。でも・・・・何をすればいいんだ?


トイレから出てきた勝田くんに美馬さんは「やっぱり公一は携帯に出ない、しょうが無いから雨も上がったし電車で帰る」と携帯を手に持って画面を眺めながら言った。「それじゃあ駅まで送るよ」と勝田くんはカーハートのカバーオールを羽織った。


美馬さんを送りながら「何とかこのコに自分の身に危険が迫ってることを伝える方法は無いのか?自首以外で何とか今の状態から逃げる方法は無いのか?」と考えを巡らせる勝田くんであった。


つづく