勝田ズ・ウェイ  14


「カッターズ・ウェイ」は日本未公開ということでDVDも出ていないわけなんですがやはり日本でも知る人は知る名作ということになってるらしく こちらの方 が絶賛しております。「ビッグ・リボウスキ」との関連性についても論じてらっしゃいまして「ああ、やっぱりそう思ったのは私だけじゃないんだ」と思って納得することしきりでした。なお、「ビッグ・リボウスキ」のはてなキーワードではこういう分析は一個もされておらず的外れも甚だしくてはてなブロガーの文化レベルの低さを露呈しております(笑

それはさておき前々回あたりから話が長くなってますね。何故でしょう?元ネタのミステリー調のお話からキャラを1人持ってきた関係上ミステリーの要素が増して説明が長くなったのです。あれは長い説明の中に伏線を隠して話を進めていくものだからうまく隠すために文章が異様に長くなる。ミステリーは文学ではありません。人類の精神生活の歴史を綴ったのが文学でありミステリーにそれはない。そして「mystery」は語源からもわかるように神秘主義の要素が強く、文学は自然科学的な考えに立脚してない限り評価されません。ということでミステリーやサスペンスの小説は「トイレットペーパーの類(長いほどありがたい)」ということで認識しております。なのでミステリー調のお話をそんな私が書くとこんな感じ、というのが最近の流れです。このお話は「脳内フィルム・ノワール」でありミステリー小説ではございませんのでミステリー要素が増すのは少々残念ですが。

なお、このお話はフィクションであり劇中の個人・団体・事件等は実在のそれとは関係ございません。

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暗闇の中でパールジャムの「イーブン・フロウ」が響く。何だ、誰だこの曲をかけてるのは?というわけで目が覚めた勝田くん。「イーブン・フロウ」は勝田くんの携帯の着メロ。電話に出たら相手は美馬さんだった。あたりが暗いので時計に目をやると午前4時35分。「どうしたの?こんな時間に?」と聞くと「今から会えない?話がある」と突然のお誘い。何が何だかわからないがひょっとして美馬さんの身に何かあったのか?と思い会うことにした。私鉄の始発で勝田くんの最寄り駅(といってもけっこう遠くて徒歩だと20分)に来てくれることになったのであわてて身支度をして家を出た。
外はまだ真っ暗で朝靄というか夜霧がたちこめている。真っ暗の商店街を抜けていく間も霧が立ちこめてて街灯の明かりか新聞配達の原チャのヘッドライトがかろうじてぼんやり滲んだ光として見える感じだ。「それにしても3日前に美馬さんに会った時に携帯の番号を教えていて良かった。これで何かの危険から回避できれば良いのだが」と思いながらこの問題の最終的な解決は「自首」以外に無いという結論からは3日間逃げ続けていた勝田くんであった。
さて、待ち合わせ場所の私鉄の駅の出口の下り階段前に到着して始発が駅に到着したのを音で確認した。数分後、勝田くんがいる出口の階段を白い影が上がってくるのが見えた。美馬さんだ。照明の蛍光灯が切れたりついたりしている。まだ外も暗いので白い物体が下から上がって来てゆっくりこっちに向かってくる様は3日前の美馬さんの姿とは似ても似つかない。勝田くんは妙な胸騒ぎを感じた。
階段を上がりきって勝田くんと目があった美馬さんは「ごめんね、こんな時間に」と体裁悪そうに笑みを浮かべた。またその顔が薄暗い時間帯の中では不気味に感じられる。駅からすぐそこにある広場に2人は移動して勝田くんは自販機でお茶を買ってベンチに座って一口飲んで尋ねた。「話って?」ベンチに座らず立ったまま勝田に後ろを向けて美馬さんは語った「勝田くん、この前のリンチ殺人について何か知ってる?」
勝田くん思わず飲んでた十六茶噴いてしまった。公一たちが起こしたリンチ殺人は街中でセンセーショナルな話題になっていた。そして公一たちの様子がこの事件の直後から変わったことを美馬さんは見逃さなかった。まず、リンチ殺人が行われた推定時刻に美馬さんが公一の携帯に電話やメールをしても出なかった。そしてその理由を問いただしても曖昧な返事しか返ってこなかった。そして、その後急に現れたのが「遠縁の親戚で親友の」勝田くんだ。(遠縁の親戚なのは事実なのだが)明らかに公一とは毛色が違うタイプの勝田くんを公一や呉が親友と呼び仲良くしているがどこか違和感のあるような勝田くんの態度が怪しかった。それで3日前に会った時に思い切って勝田くんの住まいを聞いたところ死体の発見された所のすぐ近くに住んでいた。というわけなのだ。これだけだったら憶測に過ぎない段階だが疑惑の念はどんどん強くなり、3日前の勝田くんへの質問から頭の中はそのことで一杯になった。一体自分のまわりで何が起こっているのか?それを知る鍵は勝田くんが持っていると思って意を決して連絡したのが夜明けも前の4時35分だったというわけだ。
それを聞いた勝田くんは夜明け前なのに目の前が真っ暗になったがこっちも3日前から美馬さんに本当のことを言うべきかと悩んでいたので「とうとうこれまでか」と思い事件の概要を説明した。そして今の自分の置かれている状況と事件に関わった自分を含む6人の間には「大いなる幻想」が鎖となっていて精神的にお互いを裏切れない状態になっていること、そして現在ボロボロの精神状態の自分よりも公一の精神状態の方が危険かもしれないと思えること、何より重要な美馬さんが次の犠牲者になる可能性が高いこと、を洗いざらい語った。
勝田くんが語り終えた頃にはそろそろ本格的に朝日が昇り、朝靄がはれ出したが勝田くんたちがいる広場は朝日がモロにあたってまわりの物の輪郭がほとんど見えなくなり光と影だけの何もない空間のように見えた。
勝田くんの話を聞いた美馬さんにはその現在の広場の様子が自分の今までいた世界が崩壊していってるように見えた。4方の壁が倒れてあとには何もない砂漠が広がっていくのみ、といった感じか。自分が信じていた物・事・人といった彼女の人生を構成する要素が全てが先ほど崩壊したばっかりなのだからしょうがない。

「背が高くさわやかなお坊っちゃんの彼氏の正体はリンチ殺人の主犯。その親友たちと父親は共犯。さらに恐ろしいのは犠牲者の一人の殺害をそのコの彼氏に強要させたことだ。以東市の割と閑静な街の富裕層(といっても年収1000万くらい)の家の娘として育ち安全・安心な世界で豊かさの享受に相応しい、いたって道徳的で決して社会の良識を逸脱することのない人生を送ってきたはずの自分なのに、その正体は何たることか世にも恐ろしいリンチ殺人犯の情婦だったのだ。思えば自分の人生は何だったのか?父や母の前では良き娘、学校では良き生徒、良きクラスメート、彼氏・公一の前では良き恋人、いついかなる時でも良き人であるよう努めてきた。でも本当の自分は何者なのか?それを自問することがあった。でもたった今、ケダモノのような男の情婦であるという事実を突きつけられた。もうダメだ、今までの人生は全て幻想だった。今の自分には守るべきものは何も残っていない。いや、最初から何も無かったのだ」

というような考えが美馬さんの頭の中を駆け巡っている時に勝田くんは真っ青な顔ながら意を決した。「もうこれ以上人が不幸になるのを見過ごせない、警察に自首する」と弱々しい声で美馬さんに告げた。いつものフェドラ帽は取ってベンチの横に置き、座り込んで頭を抱えて下を向いている。
その言葉からしばらくしても美馬さんの反応がなかったので勝田くんはチラリと美馬さんの方を見た。美馬さんはさっきの位置にはおらず勝田くんのすぐそばにしゃがみ込んで勝田くんを見ていた。その顔がまぶしい朝日に照らされていたせいだろうか?不気味に微笑んでいるように見えたのでびっくりした。

実際に美馬さんは微笑んでいた。そしてゆっくり首を横に振った。そして言った。

「自首しちゃダメ、あいつらを脅そう」


つづく

と、なると話が20話で終わらなくなるのでもうちょっと話を続けます。美馬さんはさっきの自我喪失から一体何を考えていたのかを解説いたします。
「今までの人生は全ては幻想、元々何者でも無い自分だけど ”ケダモノのような男の情婦” という汚名を着せて負け犬にまで貶めたのは公一だ。ヤツが本当に憎い。そして今現在自分に降りかかろうとしている危機もやはりアイツなのだ。どこまでアイツは自分を苦しめたら気が済むのか?今の自分の苦しみをせめて3倍くらいにしてアイツとその仲間にぶつけたい。自分を取り巻いていた世界はたった今崩壊した。自分はこの世界の中で何一つ変えられることは無く、順応と従順に生きることしか選択肢は無いと思っていた。でも今自分の心を縛るものは無い、これからは自分の感情の赴くままに生きよう」
というわけで他人に良く見られることでかろうじて自分のアイデンティティを保ってきていたこのお姉さんは衝撃の事実を聞いて自我喪失状態に陥り自分の置かれてる立場が屈辱的かつ危険であることがわかり怒りが抑えきれなくなって公一たち「大いなる幻想」のメンバーたちに報復を企むにいたったわけです。しかし、「心は伊達邦彦」状態でも現在の自分は野獣というより公園に立ち尽くす一頭の負け犬。どうしたもんかと考えている時に勝田くんが「自首します」と告げた。自首を止めて「大いなる幻想」のメンバーを脅そうと誘ったわけ。自首より脅迫を選んだ理由には自首しても興戸社長の政治力では大したダメージを与えられないかもしれないというのと、現在とことんまで苦しめられている勝田くんに同情していることがある。勝田くんには何の罪も無いと美馬さんは思った。
それを聞いた勝田くんはただでさえ「大いなる幻想」から覚めておらず、罪の意識から精神的にかなり危険な状態なのを押して自首を決断したところだったので断った。第一に危険をさらに増幅させる行為に他ならないし、勝田くん的にも今の精神状態を解消しなければ意味がない。「大いなる幻想」を見続けることがおそらく今の自分にとって最良の選択だが美馬さんの危機を放ってはおけないので自首を決断したのだ、ということを美馬さんに説明してみた。

それを聞いた美馬さん、勝田くんの罪の意識に苛まれる精神状態の辛さを理解してか思い切った行動に出た。使える方の右手で勝田くんの手を取って立ち上がらせ「キレイな手・・・」と勝田くんの手をまじまじと見て自分の頬に当てさせて恍惚の表情になった。そしてこんな感じのことを言った「あなたの彼女は本当に気の毒な目にあった。さぞ辛かったろう。けど人生の最後をあなたのそのキレイな手で迎えたことはそのコにとっては唯一の救いだったと思う。そのコがあなたを想う気持ちが深ければ深いほどそうだ。今の自分の置かれてる状況は本当に悲惨だ。恥辱にまみれて苦しんでいて生命の危機も近づいている。そのコが羨ましく思えるほどだ。今の状況であいつらに一矢報いることもできずに終わるというなら自分もこのキレイな手で人生の最後を迎えることを望む」と、勝田くんの手を自分の首筋に回した。そしてもう一方の手も取って両手を自分の首筋に回し「どうかここで殺して欲しい」と言った。

さて、そんなエキセントリックな行動に出られて「はい、よろこんで!」と早朝の駅前の広場で首絞めるヤツはいないわけだが、ただ一つ美馬さんには「自分の彼女を絞殺した発狂寸前の男にそんなことをしたらどうなるかわからん」というかなりのリスクがあった。というか今の美馬さんは絶望やら恐怖やら怒りやらが入り混じった状態でありかなりヤケクソ気味に「自分の思い通りにならないのならいっそ殺してくれ」と思っていた。

勝田くんはもちろん首絞める気は無かったが、そんな美馬さんの気迫に負けてそれ以後美馬さんのいいなりとなった。美馬さんの首から手を放して背もたれなしのベンチに座り込んで自分の手を眺める勝田くんに「ほうら、あなたは人を殺すことができない優しい人。これまでも今もこれからもずっと。悪いのはあなたに首を絞めさせたあいつら」と、さらに慰めの言葉を追加した。これらの言葉は罪の意識に苛まれ続けた男には本当に救いだった。
しかし、よく考えて欲しい。「絞殺された相手が彼氏の勝田くんで幸せだった」とか「あなたは本当は人が殺せない優しい人」なんてのは実際に殺害した事実を何ら変えることができない「問題解決に関係の無いロマンティックな後付け理論」なのである。長いので今後は「ロマンティックな後付け」と呼ぶ。美馬さんの必殺技だ。なので、実際には勝田くんは罪の意識から解放されたわけではなく少なくとも興戸社長の「大いなる幻想」に縛られることが無くなったというだけだ。

さてさて、そんなこんなで勝田くんは美馬さんに従って「大いなる幻想」メンバーを裏切って彼らを脅迫することになった。これをお読みになった皆さん。どうか今の美馬さんをよくご覧ください。興戸社長がエヴィンちゃん殺害の時に「この女は大淫婦だから生かしておく価値が無い」と詭弁を吐いた。大淫婦というのがいかなるものかは辞書にも載ってない言葉なのでわからないがその時の興戸社長の言説からすると大淫婦の定義はこんな感じ「1.背徳的で自己中で強欲 2.男を裏切り利用する 3.善良なる市民生活を脅かし不当に利益を得ようとする」ような女、という感じになろうかと思う。


今の美馬さんがまさにそんな女なのだ


大淫婦云々というのはリンチ殺人の時の興戸社長の詭弁であり、これを成敗したというのが「大いなる幻想」のプロットの一編だがそんな人物はこのお話には登場してなかった。それが今、「大いなる幻想」に関連して突然誕生したのだ。「明るい未来のために友情・努力・勝利」が「大いなる幻想」の骨子だがこの目的を達成するためには「敵」が必要だ。つまり「大淫婦」に変身した美馬さんもまた「大いなる幻想」のプロットの一部であり、大いなる幻想が生んだ悪役キャラクターというわけだ。
そんなこととは露知らず、勝田くんと美馬さんは「大いなる幻想」メンバーへの復讐の計画を練った。


つづく