勝田ズ・ウェイ  16


すいません。また寝てしまいました。もうちょっとでこのお話も終わりますのでもうしばらくお待ちください。もう読んだ方おわかりかと思いますが公一たち富裕層(この場合は中からちょっと上くらい)が「マスメディアが好き、Begin読んで英国ブランドを買い漁りアングロサクソンを崇拝してる、町山智浩をはじめとするアメリカ批判者たちを支持してアメリカの悪口を聞いて悦に入る」そして勝田くんら下町の人たちが「ハリウッド映画好き、安いアメリカン・ブランドを好み、自身の価値観を尊重し批判・批評を好まない」という図式です。まぁ、現実も大体これに近いかな、という感じですね。

それではお話を続けマス。このお話はフィクションであり実在の個人・団体・事件等とは一切関係ございません。また、いかなる犯罪行為の参考にもされないように出てくる犯罪の手口は全てデタラメですので試してみないように(笑


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勝田くんが会社を出るときに遭遇した意外な人物とは黒田の兄やんだった。
リンチ殺人で最初に殺されたさゆりちゃんの兄だ。とりあえずこの男について解説しておこう。この男、以東市の西隣の鵜殿郡というところの米田村の出身だった。ここは最初の方で解説した通り外界とは隔絶しててまわりから白い目で見られている。そんな米田村から以東市の東隣の麻田市に親の離婚が理由で子供の頃妹のさゆりちゃんと一緒に転居。米田村出身ということで小学校から壮絶ないじめに遭い先生も彼を疎んじたので社会というものと隔絶された環境で育った。そんな状況でもへこたれず我が道を行って不良街道まっしぐら。この男の類まれなる頭脳と体力は不良の世界でも一目おかれるようになる。どんなに過酷な状況でも誰にも頼らず苦難を乗り越える内悪事の限りを覚えた彼はまともに働かず基本的に非合法的な手段で生活するようになる。そんな彼が勝田くんと知り合ったのは妹のさゆりちゃんを通じてだ。勝田くんが定時制高校に通っていてバイトを立て続けにクビになり生活に困っているのを見てバイク事故を装った簡単な保険金詐欺の手口を披露して勝田くんに生活費を恵んでやった。「でも・・・これペテンなんじゃ・・・」と不良の世界から足を洗ったばかりの勝田くんが躊躇するのを見て黒田の兄やんは言った。「なぁに、保険自体がペテンみたいなもんだろうが?気にするな」これがこの男の信条だった。とことんまで悪事を重ねて生きてきたはずなのにとことんまで高貴な心根を持って生きる黒田の兄やんには法律や社会秩序なんてものは意味を成さなかった。今現実に困っている人の助けになることこそが正義だった。そしてそれを命がけで実効する男であった。

この男の風貌だが服を脱いだらタトゥー&ボディピアス全開。ヘソの上には「NO PAIN NO GAIN」とアーチ状にゴシック体で彫られている。両腕どころか指の先まで何かしら彫られている。そのイカツいタトゥーを見せつけながらハーレーを乗り回す、いわゆるバイカーと呼ばれるような類の男だが、この男の場合は乗ってるバイクはすぐ変わる。おまけに乗せてる女もすぐ変わる。という憧れを抱く人あれば妬む人ありのとにかく目立つ男だ。変わらぬものと言えばいつも穿いてるディッキーズのパンツくらい。そう、勝田くんのディッキーズはこの人の影響だ。そして勝田くんの76年型ハーレーも実はこの黒田の兄やんから譲り受けたものだった。黒田の兄やんは勝田くんにとって尊敬する先輩だった。

久々に再会した現在の彼の風貌だが金髪の短髪にアゴヒゲと口ヒゲをつなげたいわゆる「兄貴ヒゲ」にサングラス、遊び人風のジャケットにシャツ。デザイナーズブランドのジーンズだが靴だけはブーツで左足だけバイクに乗る時用にかパッドをつけている。まぁ、イカツくなり過ぎたブラッド・ピットといったところか。

ついでにこの兄やんがしばらく姿をくらましていた理由についても書いておこう。この兄やんの知り合いにとある古美術商から古美術品(ビクトリア朝時代のビンテージ・イギリス製高級食器)を売りつけられそうになった男がいた。この美術品を投機目的で購入する予定だったその男だが「子供の学費に金がかかるからやっぱり無理だ」と契約寸前で断った。するとその美術品を薦めた古美術商の顧客である男が「そんなことはスジが通らん、買え!」と脅してきた。この男がそんな古美術品に似つかわしくない様相で日本人なのにスキンヘッドに左胸にはブルドッグのタトゥーをしたけったいな男で、黒田の兄やんはその知り合いから助けを求められこのスキンヘッドを「オラオラ、お前のジョン・ブル魂はこんなもんか?」とシバキ回して追い払った。それで普通は話は終わりなのだが「こいつらきっとまだまだ余罪がある」と調べ上げたら出るわ出るわ、同じ被害に遭った人たちに直接声をかけ売買契約の無効を訴える裁判を起こそうとするとそのスジから嫌がらせが来た。頭に来た兄やんはロンドンに現存するこの高級食器メーカーに直接問い合わせてなんとかそいつらがこのメーカーの名前を使用するのを一切禁止させることだけは約束できた。これでも怒りが収まらないのでこの古美術商の近辺をあらったら親類が中国地方某県の名の知れたヤクザの家で、最近発見されたウラン鉱脈の採掘利権に絡んで2人の行方不明者を出すトラブルを起こして問題になってたところだった。さすがにそっち方面は兄やんの手に余るがこいつらとの癒着を指摘してこれをダシにゆすると「わかったわかった」と高級な美術品を扱ってるだけにイメージの悪化を恐れてあっさり売買契約の無効に合意した。兄やんは被害者から謝礼を1割ずつ貰ってホクホクで帰ったところ最愛の妹が帰らぬ人となっていたわけだ。

「黒田さん!」と嬉しそうに駆け寄る勝田くん。「どうした?そんな恰好で」と聞かれたので自分の姿をあらためてみるとアイパッチだわさっきの井口をしばきまわした時に付いた返り血は浴びてるわで凄まじい姿になっていた。「ああ、最近ちょっと体調が悪くって。今日はとうとう仕事中に鼻血を出しちゃってね。気味悪がられて病院行けって帰された」と言うと「会社なんて冷たいもんだな」と兄やん「ところでどうしたんだ?さっきずっと携帯鳴らしてたのに」と尋ねられて勝田くんは自分の携帯を見た。確かに着信2件入ってるがどうやら秘書室にいた時だったらしい。あそこは確かに電波が届かなさそうだ。黒田の兄やんは気にせず「まぁ、いい。お前もエヴィンちゃんのことでショックを受けてることだろう。俺も妹が本当に困ってる時に姿をくらましてて助けてやれなかったのが本当に情けない。二人の仇が討ちたいから手がかりを探してる。警察が発表してるマレーシアや中国の連中の線は無い。とすると以東市内の連中なんだがお前なんか情報持ってないか?」ということだ。それを聞いて勝田くんは心臓が止まりそうになった。「あのリンチ殺人に自分が協力したなんてことはこの人には死んでも言えない。今はもうあの忌まわしい「大いなる幻想」から解かれたけれど今度はあの女の復讐劇に付き合わされている。何より心の中にある罪の意識からは一向に解放されていないのだ。ああ、かつて心の底から憧れてちょっとでも近づこうと努力した黒田の兄やんに再会できたというのに今は恐ろしく距離感を感じてしまう。今の自分の姿は何と惨めなんだろう・・・」と。

「今は辛いだろうが、気を落とすな。お、お前いい時計してるな?」と一瞬疑惑の目で勝田くんを見たが「友達から貰ったんだ」と言うと「そうか、何かわかったら連絡してくれ、俺は当分ここら辺をうろついてる。携帯は前の番号で通じるから」と言って近くに停めてあった新しいハーレーに乗って去っていった。

その去っていく後ろ姿を見送って先ほどまで井口をシバキ回した勢いはどこへやら、すっかり弱気になってしまった勝田くんは美馬さんに電話した。そして脅迫状を送ったこと、さっき黒田の兄やんに遭ったこと、それによってすっかり自信が無くなってしまったこと、やはり自首するかせめて黒田の兄やんに相談した方が得策ではないか?ということなどを話した。それを聞いた美馬さんの感想が以下

「ええい!この男ときたら黙っていればいい男に見えないことはないのに口を開けば一言目にはフライドポテトだ大学芋だ芋金時だ芋羊羹だ、と退屈極まりない芋の話ばっかり!二言目には自首自首自首だ!なんとだらしない男なんだろう?確かにこの男の現在の窮状には心底同情する。しかし、この男ときたらそれを打破する努力をしようとしない。残念ながら現在の状況はこの男に相応しいものと言わざるを得ないのではないか?」

と、自分がその状況を作っておいてそれは無いんとちゃいますか?と言いたくなるようなわがままな感想を持つ美馬さんだったが、冷静になってやさしくこう言った「昔からの親友に頼りたがる気持ちはわかる。だが人にはそれぞれ価値観があって必ずしも私たちのために100%協力してくれるとは限らない。だからその人に相談してはいけない。あなた(勝田くん)が自由になるのはあと少しの辛抱だ。金をせしめたらやつら(「大いなる幻想」のメンバー)の手の及ばないところに逃げおおせば良い。そしてその間に私はやつらの犯行を警察に立件させる。そうすれば私の身は大丈夫だ。裁判になってもあなたがいたらやつらはあなたに罪をなすりつけてようとするが逃げてしまえば罪に問われるのはやつらだけだ。興戸建設は権力も強いが敵も多い。司法も政治もあてにならない面はあるが倒せないことはない、大丈夫、大丈夫、大丈夫」

と、何故か昔の日曜洋画劇場淀川長治の「さよなら、さよなら、さよなら」よろしく「大丈夫」を3度繰りかえして言った美馬さんの心境は「本当に大丈夫なんだろうか?」と自問自答するものであった。そもそも勝田くんが裁判に不在になることによって欠席裁判みたいな流れになりゃせんか?そもそも裁判自体が起こせない状態になるのでは?という不安も法律の素人には浮かんでくるのだが美馬さん的にはこれが精一杯知恵を絞った結論だった。「とにかく何が何でもやつらを痛い目に遭わしたい」というのがこの感情で動く人間の哀れな行動原理だが、何度も言うが犯罪は行き当たりばったりで行った方が成功する確率が上がる面もあるので必ずしも「愚か」の一言では片付けられない。しかしそれでも最後の不安が残っている勝田くんはこう聞いた「もし、その過程で美馬さんの身に危険が及んだら?」先ほどから勝田くんの話にイライラしていた美馬さんはキツい口調でこう返答した。

「私が死んだらやつらは3人殺したことになる。3人も殺したら死刑は免れない。やつらを死刑にできるなら私は喜んで死んでやる!」

そして電話は切れた。行動に計画性も一貫性も無く、そもそも勝田くんの身を案じてるように言いながらも行動原理は全て自分の怒りの感情の赴くままだ。「しまった、どうやら自分は質の悪い人間にまた騙されたらしい」と、やっと気づいた勝田くんだがもはや後戻りはできない。そう納得してバスで自宅まで帰った。

自宅に戻った勝田くんは興戸社長からの返答の電話を待った。待っている間タバコをガンガン吸って灰皿をデカ長(灰皿を吸殻で山盛りにすること、「太陽にほえろ」参照)にした。なかなか電話が無いのでイライラしだして部屋をうろうろと歩きだした。すると床に置いていた工具箱をうっかり蹴飛ばした。ハーレー用に買っておいたインチ規格の工具(マックツールズ製)が床に散乱したので拾った、バイクのレギュレーター部分(前輪のすぐ後ろ)の前に落ちたレンチを拾った時に気づいた。「あれ?レギュレーターちゃんと替えてある」
そう、勝田くんがあの雨の夜にちゃんと替えたのか不振に思ってバイク屋に電話かけたレギュレーターだ。よくよく見ると間違いなく新品になってる。普通バイク屋で部品を替えたら取り外した替える前の部品を見せてくれたりしてお客を納得させたりするが勝田くんのいきつけの店はバイク屋はめんどくさがりなので「替えた」の一言で済ましてそれをしなかった。だから勝田くんも疑いの目で見たのだが明るいところでまじまじと見ると確かに替えてある。そしてあの晩の出来事を振り返って見ると最後にキックバックをくらったし、バイクはどうやら問題なくエンジンがかかる状態のようだ。エンジンが止まった理由は不明だがあの時あきらめずにエンジンをかけていればあの事件は起きなかったかも知れない・・・・・・

そんな考えが頭をよぎりだすとまたしても罪の意識に苛まれ、かえるさん状態になりかけた。「うう、もうちょっとの辛抱だ。悪いのはあいつらだ・・・あいつら・・・・」

と、その時勝田くんの携帯が鳴った。番号は興戸建設の社長室からだった・・・・・



つづく