勝田ズ・ウェイ  18

さぁ、いよいよというかやっとこさフィナーレに突入する脳内フィルム・ノワール「勝田ズ・ウェイ」なんです。最後までしつこいですがこのお話はフィクションであり、いかなる個人・団体・事件等とは一切関係ございません。そしてバイクは正しく乗りましょう(笑

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

とりあえず警察の手から逃れ興戸建設の本社ビルを目指す勝田くん。大通りに出てまず彼がやったことは黒田の兄やんに連絡することだった。左手で携帯をとって黒田の兄やんを呼び出す。黒田の兄やんは近くにいるらしい。「これからさゆりちゃんを殺した犯人を教えるから興戸建設まで来て欲しい」と伝えると「どういうことだ?」と聞き返された。「来ればわかる」とだけ伝えて携帯を切ったところ勝田くんのハーレーの右側に白バイがついていた。止まれと指示を出す白バイさんだが勝田くんのバイクはブレーキレバーもブレーキペダルも付いてない。つまり止まれない、そして止まる気も無い。

というわけで左手に持っていた携帯を白バイ警官に投げつけてひるんだところをハーレーを右に傾けて右足で思いっきり白バイを蹴った。白バイは中央分離帯の植木に突っ込んで勝田くんのハーレーのミラーの視界から消えていった。

さて、それで安心してはいけない。今度はパトカーが数台勝田くんの後ろから追いかけてきた。相変わらず「止まれ」叫んでいる。ブレーキがかけられないとはいえギアチェンジとアクセルを戻してエンブレを効かせれば止まることはできるのだが止まったが最後、死刑台のエレベーターをまっしぐらなのだ。止まるわけないという話だ。というわけで勝田くんはギアを一つ落とし狭い住宅街に逃げ込んだ。その住宅街の中のスクールゾーンになっている一方通行を目指した。そこは一方通行なので自動車が交差できるほどのスペースはないが道幅が広く、バイクと自動車なら交差できる。そこを進行方向と反対に走るという算段だ。追いかけてくるパトカーもサイレンをかけながら連なって勝田くんのバイクを追う。しかし勝田くんが対向してくる配達の車のわきを抜けていくのを追いかけたパトカーは配達の車に激突した。

うまくパトカーをまいたと思った勝田くんだがそこにまた先ほどの白バイが追いかけてきた。かなり怒ってるらしくパトカーの追跡とは比べ物にならないほどしつこい。昔風の長屋が並ぶ狭い路地を通ったりしてまこうとする勝田くんだが確実に距離がつめられて絶対絶命と思ったその時、白バイ警官の視界が何かで遮られた。こういう長屋みたいな古い家の窓は部屋の畳が日光で痛まないように年中すだれがかけられている。そのすだれが警官の目の前に降ってきて視界を遮ったのだ。警官はあわてて急ブレーキを踏んで車体のコントロールを失って電柱に車体がぶつかった。警官自体はうまく車体から離れたので無事のようだがバイクは前輪が曲がって走行不能。これで警察の追跡は完全にまいた。

勝田くんのバイクのミラーに同じくハーレーに乗った黒田の兄やんの姿が写った。さきほど警官にすだれを投げつけたのは兄やんだ。勝田くんの電話を受けてあわてて興戸建設に向かう途中、警察に追われる勝田くんを見つけ何事かと思って追跡し、あわやのところを助けたわけだ。

さて、興戸建設まではあとは大きな2車線道路だけなのでほとんど問題ない。手前の交差点の信号が赤で車が何台か停車していた。原付が何台か車の間にいて、車の間をすり抜けはできない。となると勝田くんは中央分離帯が途切れたところから反対車線にまわって交差点でもとの車線に戻ろうとしたところ信号が青に変わった。車が発進する前に元の車線に戻ろうとして勝田くんはギアをトップ(といっても4速)にしてアクセルを思いっきり吹かして元の車線に戻った瞬間、左側から明らかに信号無視のトラックが突っ込んで来て勝田くんにぶち当たった・・・・・・・・・。




「これで事件解決ですな」

興戸社長は新宿亀に言った。新宿亀はリンチ殺人事件の担当捜査官のあだ名だ。証拠品のエヴィンちゃんの手帳をビニールの袋に入れてまじまじと眺めながら新宿亀は「この度はまことに遺憾な出来事です」というようなことを述べた。さて、この男が何故リンチ殺人の捜査をあさっての方向に持っていっていたか種明かしをしよう。この男はもうすぐ定年で定年後は天下り的に警察官僚OBが役員を務めるIT関連の会社に(パソコンの知識が全く無いのに)再就職がすでに内定している。その会社、実は筆頭株主興戸建設なのだ。もうこれ以上説明は要るまい。新宿亀は興戸社長や公一、勝田くんにシバかれ倒した井口たちから勝田くんの行動が最近おかしいという証言をとり、リンチ殺人の犯人が勝田くんで間違いないことを納得した。そして「それでは今日はこれで失礼」と警察署に帰ることにしたので社長、公一、井口とで玄関までお見送りすることにした。
そのお見送りの間、興戸社長の心中は本当に複雑だった。

「我が子のように可愛がっていた勝田がこともあろうに公一の彼女と共謀して私をゆするとは。思えばあの事件以来何かが変だ。公一は公一で行動がおかしい、『大いなる幻想』の原理主義者と化してしまっている。やつにも罪の意識があってそれなりに苦しんでいるのかも知れない。それはいいが私自身も言動がおかしい。これは一体どうしたことか?今回の勝田の処遇にしてもそうだ。今までの私らしくない。私の辞書に『制裁』は無く『救済』があるのみだ。どんな人間でも自我を超越すれば良い人間になって正しい道を歩む(わかりやすく言うと洗脳)というのが私の信念だ。だから私はどんな人間にも救済というか逃げ道を与える。右手でムチを与えても左手ではアメを差し出す。そうすればどんな人間でも従順になる。ムチだけ与えると逃げ場を失って襲いかかってくる可能性がある。これは愚かだ。自ら敵を作る行為だ。だから今回も最終的に勝田を許そうと思っていた。私は何故今、自分が勝田を死刑台に送ろうとしているのかわからない・・・・・・・。

エレベーター待ちの間窓から夕日を眺めながら興戸社長はさらに思った。

「先ほど美馬さんを始末した公一の話では脅迫を企んだのは美馬さんだという。あの大人しくて従順なコが突然強欲な悪女に変わった。『大いなる幻想』は私が作った戯言だがそれを利用して目的を実効していく過程で、その幻想を実現していく過程でその幻想にまわりの人間が動かされていってるような気がする。あの事件の時、私はあの気の毒な犠牲者のコを『大淫婦』と呼んで悪女にしたて上げ勝田に殺させた。するとどうだ。実際に勝田は悪女にたぶらかされて私を脅迫してきた。本当の出来事となったのだ。そして勝田に最愛の女性を殺させた。今度は私が我が子のように可愛がっている勝田を殺す役を担っている。私は親のいない勝田を気の毒に思い勝田の父になろうとした。なのに今、勝田の死刑執行人になっている。『大いなる幻想』の最終目的は『勝利』だが一体何を倒せば勝利できるんだ?」

「やつだった・・・・・」

他のメンツと一緒にエレベーターに乗った興戸社長の耳に妙な幻聴が響く。「やつだった」この言葉が何度も響く。「一体何の事なのか?」とこの言葉の意味を考えながら幻聴を聴いた。最後に幻聴は

「お前だったんだ・・・・・・」

と告げた。
「私がどうしたというんだ?何が私なんだ?」

「私だったら何なんだ?だったら私は何なんだ?」

幻聴の中で自問しながらやたらと広い受付のある本社ビルの玄関にたどり着いた興戸社長、夕陽がガラス越しに赤々と差し込んでいる玄関フロアの自動ドアの向こうから自分を呼ぶ声がする

「興〜〜〜戸!!!!」 

その声に反応して他のメンツを無視して玄関の自動ドアの方にまるで何かに取り付かれたように歩いていく興戸社長「私だったら何だ、だったら私は何なんだ?」と何度もつぶやく。そして自動ドアの手前まで来たところで夕陽のまばゆいばかりの光に包まれ、その向こうに勝田くんの姿を目撃する。

先ほどトラックに左側からぶつかられ、左手と左足が動かなくなるほどく負傷しつつ、とそれでも体勢を立て直して走りつづけた勝田くんが興戸建設までたどり着き、トップギアのアクセル全開で玄関ドアまで突っ込んで来たのだ。玄関ドアまでの階段をバイクで駆け上がりドアをぶち破ってバイクで興戸社長に体当たりした勝田くん、体は吹っ飛んで玄関フロアを転がった。バイクでぶつかられた興戸社長は内臓破裂で即死だった。彼は死の直前になって自分が何者だったのかを知ることになったがうまく書き表せないので具体的には書かない。ただ、人間の心の奥底に眠る不安や怖れといった「弱さ」を体現した存在とだけ書いておく。
興戸社長にぶつかったバイクはフロアを滑っていき父を追いかけて近くに来てた公一の足にぶち当たった。そして公一の両足はもう二度とコードバンの高級靴が履けない状態になった。膝から下の両足切断だ。

勝田くんが突っ込んだ後、あわてて黒田の兄やんが現れた。玄関フロアに転がっている勝田くんは何しろ左手左足が動かない状態だったのでうまく受身がとれず、転がった時に頭や背中に致命的な損傷を負っていたが黒田の兄やんの自分を呼ぶ声とバイクが足に覆い被さって動けないで苦しんでいる公一の姿を確認して動く方の右手を公一の方にゆっくり向けて人差し指で公一を指した。

「奴なのか?」

そう言うと黒田の兄やんはそれ以上は勝田くんに何も聞かず公一に向かっていった。男が一命をかけて自分の身の潔白を証明したのである。黒田の兄やんは男の中の男なのでこれを疑うようなことは無い。その黒田の兄やんの姿を確認した勝田くんは右手を下ろしてゆっくりと目を閉じ息を引き取った・・・・・・・・・・・。


「あれ?美馬さんが死んだから勝田くんは死なないんじゃないの?」と思われる方もいるかも知れませんが美馬さんは実は生きてました。公一は撲殺したつもりになってましたが、人間一人を殴るだけで殺すなんてそうそうできるもんではないし、ましてボクシングのプロライセンス持ってるわけでもないただのラグビー青年のお坊っちゃんに成人女性一人を殺害するようなパンチ力なんて無い無い(笑 リンチ殺人の時は致命傷はキックだったでしょ?
そして殺したと思って美馬さんを自宅に置いて火を点けたと言ったって真っ昼間だからすぐに消防車が来て消火したし(笑 美馬さんは助けに来た消防士さんに叩き起こされてびっくりして口に詰められた勝田くんのキーホルダーを消防士さんの顔に吐きつけました。
一命を取り留めた美馬さんの証言でリンチ殺人が立件された「大いなる幻想」メンバーは警察にすべての罪を白状しました。これは美馬さんの証言より「大いなる幻想」の創造主である興戸社長の死からくる幻滅による影響が強かったようです。
リンチ殺人のメンバーの内、最後まで名前しか出てこなかった福山は実は美馬さん殺害未遂の前日に灯油を被って焼身自殺してました。勝田くん同様罪の意識に苛まれて引きこもりぎみだった彼は公一たちと事件後からそりが合わなくなり再三に渡って恫喝や暴行を受けていてそれを苦に自殺したのです。これで3人の殺害と1人の殺人未遂他でリンチ殺人メンバー残り三人の公一、井口、呉は美馬さんの望みどおり死刑か無期懲役になるでしょう。

さて、最後の最後まで悲惨の極致のような苦しみの人生を歩まされてしまった勝田くんなんですが、結局哀れな彼にとっての最後の救済は悲しいかな美馬さんの必殺技「ロマンチックな後付けの理論」だけとなりました。以下は勝田くんの死の状況を聞いた美馬さんの感想です。


勝田くんが公一を指差した後、手を下ろした場所にはエヴィンちゃんの手帳があった。突撃騒ぎでびっくりして腰を抜かしてフロアを転げまわった新宿亀の手からこぼれ落ち、ビニール袋から出てしまい、皆が大慌てで走り回った結果床を転がり、あるページが開いたところで勝田くんの手がのっかったのだ。
そのページというのが手帳の最後の方で、ここにエヴィンちゃんが恥ずかしがってあまり人に話せないことをクルド語で書き記してあった。
そこには生前のチャキチャキした下町の小娘そのものの彼女の性格からすると意外なくらい乙女チックな文言が書かれていた。以下はその意訳。これはおそらく事件の起こる直前のボウリング場へ行く前に書いたものである。


あの人(勝田くん)はやはり私の存在を(クルド人だから)恥じるようになっていた


あの人の心が離れ始めているのは感じていた。でもそれを認めるのは今まで辛すぎてできなかった


でも信じよう、何があっても今までいつもあの人は私の元に帰ってきてくれた


どんなことがあってもあの人の心は最後には私の元に帰ってきてくれるだろう




これが不運な運命に翻弄され続けた勝田くんが本来進むべき道(「勝田ズ・ウェイ」)だった。


彼は人生の最後になってやっと本来進むべき道に立ち戻ることができたのだ。




       THE END



        THIS STORY IS DEDICATED TO


    AMERICA'S MOST UNDERRATED ACTOR   JOHN HEARD

           AND

    AMERICA'S MOST UNDERRATED NOVELIST  NEWTON THORNBURG